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초록
筆者は「古朝鮮」 の形成と展開様相での理解のための一方策として、「古朝鮮」 の成立と展開様相に大きな影響を及ぼした遼河文明と黄河文明との関連性を考察した。その結果、我々は、それらの関連性を次のようにまとめることができる。遼河文明は東アジアで最も早く成立した紅山文化を背景にして、BC2500年頃から形成された。その形成の触発は西アジアのメソポタミアの青銅器文化と中央アジアのアルタイ青銅器文化のユーラシア北方の草原を通じる東進だった。遼河の西部地域で2300年頃に「古朝鮮」が形成されたのは、夏家店下層文化と呼ばれる前期の青銅器文化を背景にしてあった。東アジア地域では、北方の草原路の終着地だった遼河地域より一番早く青銅器文化が形成されてきたのだ。そしてそれは河北地域を通じてまだ文明の段階に入っていない黄河流域へと南下した。中原地域における青銅器文化は、黄帝族の到来以来、メソポタミア地域からその地域へと東進した青銅器文化と遼河地域から南進したものとが衝突しそこから生まれたものである。夏王朝は、まさにその青銅器文化を背景にして形成されたものである。「古朝鮮」は、その文化的移動に乗って遼西の中部地域から遼西南部地域へと下がり、また中原地域では、遼河地域から黄河地域へと青銅器文化が伝播していく状況の中で商王朝が建立された。BC1100年代に至ってきては、東アジア地域に新しい文化的政治的動向が形成された。それはメソポタマイ地域からの鉄器文化伝播だった。東アジアのこうした文化的動向は、黄河文明圏より遼河文明圏へと移動していくことなったのだ。遼河地域では檀君朝鮮が再び遼西の中部に遷都し、またそれが檀君朝鮮の濊貊朝鮮へと転換した。それとともにその地域には箕子朝鮮が建立された。このような現象はまさにそのような新たな文化的動向に起因したものであり、またBC2世紀末に至って濊貊朝鮮と箕子朝鮮とが漢武帝によって滅亡してそれらの流民が東北地方と韓半島に移住して新たな国々を建設したのも事実はまさにそのような文化的動向によるものと察される。
키워드
- 제목
- 요하문명과 황하문명과의 관련양상 -‘고조선’의 성립과 전개양상을 주축으로-
- 제목 (타언어)
- 遼河文明と黃河文明との関連樣相 -「古朝鮮」の成立と関連樣相を中心に-
- 저자
- 김채수
- 발행일
- 2012
- 저널명
- 일본문학연구
- 호
- 44
- 페이지
- 145 ~ 171