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일제 말기 한반도에서 창작된 단카(短歌) 연구 ―『국민시가(国民詩歌)』(1941~42)를 대상으로 ―A Study on Tanka Created in the Korean Peninsula at the End of Japanese Rule―On the Subject of "National Poetry"(1941-42)―

Other Titles
A Study on Tanka Created in the Korean Peninsula at the End of Japanese Rule―On the Subject of "National Poetry"(1941-42)―
Authors
엄인경
Issue Date
2013
Publisher
한국일본학회
Keywords
『国民詩歌』; 国民詩歌連盟; 短歌; 植民地朝鮮; 在朝日本人; 百済
Citation
일본학보, no.97, pp.155 - 174
Indexed
KCI
Journal Title
일본학보
Number
97
Start Page
155
End Page
174
URI
https://scholar.korea.ac.kr/handle/2021.sw.korea/104502
ISSN
1225-1453
Abstract
植民地時代に朝鮮半島における「日本語文学」に関する研究は最近盛況であるが、その中でも日本の短詩型文学に関する研究はあまりなされていない。本稿は今まで本格的な研究の対象になったことのない、1941年国民詩歌連盟により創刊された詩歌雑誌『国民詩歌』 の短歌を分析したものである。『国民詩歌』 の現存本は1941年9月から1942年11月までの6號が確認されるが、その中の短歌を戦争短歌、銃後の生活を描いた短歌、朝鮮的な題材を詠んだ短歌などの側面から捉えた。まず、『国民詩歌』 は国策に応える目的で創刊した雑誌であったため、戦争を支持し日本の戦勝を詠んだものが多い。しかし、短歌という古典ジャンルは、古代の天皇たちの神話的な逸話を引くことで、目下遂行している戦争を皇軍の征戦として正当化する図式に形象化する特徴がある。なお、銃後の生活を描いた短歌には、国策により戦争を後付けすることに重きが置かれたが、様々な現実的な悩みが反映され、抑圧された状況下の個人的な孤立と現実と理想の乖離が反映され、かえって国策に反する性格の短歌まで現れている。最後に、『国民詩歌』 が朝鮮半島で刊行された雑誌であるからには、朝鮮の歴史や朝鮮の人に対する認識を度外視することはできなかったのが確められた。当時、百済の都であった扶餘に神宮が造営されたことでわかるように、百済は芸術的な高さをもった朝鮮の古代国家として注目された。しかし、これを認識する在朝日本人の目線で、百済は古代飛鳥時代の日本とつながり、それから滅んで埋められた敗北のあわれな朝鮮の歴史を象徴する対象として認識された。このように、『国民詩歌』を通し、1940年代初めに朝鮮半島で創作された「日本語文学」の中で、伝統詩歌ジャンルである短歌の特徴を追究することで、小説をはじめとした散文に偏っていた当時の植民地朝鮮における「日本語文学」のもう一つの軸である詩歌文学の解明を試みられたと思われる。
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College of Liberal Arts > Korea University Global Institute for Japanese Studies > 1. Journal Articles

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